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吹き矢3級の戯言雑記 (リンクは御自由にどうぞ)

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だからきっと笑いあって また会える日が来るよ うるさいけどあたたかい 世界の真ん中で 待ってるよSWEET HOME

 
 島本和彦でGガンだ、と……(挨拶)
なに、なに、なんなの? この俺得コミカライズw ちょっと僕ちゃん様驚喜乱舞!!!(嬉しさのあまり一人称がブレてる)。また一つ夢が叶った。残りの夢? とりあえず島本和彦による疾風アイアンリーガーのコミカライズってのはエントリーしてるよw


・【感想】【ゲーム】DEARDROPS
DEARDROPSDEARDROPS
(2010/06/18)
Windows

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 どちらかといえば『キラ☆キラ』よりは『キラ☆キラ カーテンコール』寄りのお話だったと思う。キラ☆キラ自体は本来のライターのカラーに近い、きらり√というか鹿之助√で語られる物語こそが本質。なんでも出来ると信じて疑わなかった無敵だと思っていたあの夏が幻想と消え、届かなかった手の感触と共に死んでしまった心。この物語の異常は、唐突に確信というべきものがもたらされたところ。朝日を見上げながら、一筋の涙と共に「多分、僕は大丈夫になってしまったんだ。 とても残酷なことに。」と呟いた鹿之介の心は生き返る。許しや癒しなんてものはなく、ただ唐突に生き返る。とても残酷なことに。

 そして鹿之介は語る……

俺がシド・ヴィシャスって大っ嫌いなの知ってるだろ
何でだろうなって考えて、最近わかったんだ
俺はね、シドが嫌いなんじゃなくて、まつわる物語が気に入らないんだよ。それを賛美する連中も嫌いだな。悲しくなるように自分で勝手に作って、自分で勝手に陶酔してんだ。そんなの、くそっくらえだよな
連続性だとか、継続だとか、因果関係とか、死ぬほどどうでもいいってことだよ。瞬間が全てなんだ。本人はそんなに悪い人じゃないと思うけど、くだらないメロドラマはごめんだ。人生を馬鹿にしてやがる
何でもかんでも物語仕立てにしやがって。そんなにみんな、ストーリーが好きなのか。俺は断然否定するね。ドラマなんか、くだらないよ
なあ村上、大事なのは瞬間に全てをかけることなんだ。パンクロックはスパークだ。そう思わないか?

 キラ☆キラ 椎野きらり編chapter4より抜粋


 だから鹿之介は命をかけて演奏する。生き返った命をかけて、このくそったれな世界に、精一杯の愛をこめて。どちらかと言えばキラ☆キラは精神的な物語で、瀬戸口廉也という鬼才の矜恃が一気に爆発したのがこの√であり、青春恋愛ロックンロールノベルと銘打ち売り出したメーカーサイドとライターの齟齬が齟齬のまま微妙な形で噛み合った作品がキラ☆キラだったのだと思います。そしてその気持ちの悪い違和感自体が実に"らしい"作品でした。なんかキラ☆キラの感想みたいになってるけど、ここからが本題。DEARDROPSの場合は、この齟齬といった感覚がなく、メーカーの掲げている" 青春恋愛ロックンロールADV "ってテーマで綺麗に統一されてる印象。この場合はどちらが優れてる優れてないの優劣を競う問題ではなく、キラ☆キラと比べるのはちょっと毛色が違うかなと言いたかったわけです(極端な話、相反してるとすら言える)。強いて言うならキラ☆キラの"我ら無敵の第二文芸部!"なパートの展開が好きだった人にはお薦めできますけどね。むしろキラ☆キラにおける第二文芸部の活動というかバンドパートを掘り下げたものがDEARDROPSって感覚ですね。

 ヒロイン4人のうちの2人(弥生とりむ)については、サブヒロイン扱いでシナリオ分量も律穂とかなでに比べて拍子抜けするほど短いものとなっています。かなでについては物語的には分量が多いものの、DEARDROPSという作品に散りばめられた伏線やらテーマといったものの殆どが律穂√に収束するために、どうしても見劣りしちゃうなァ(骨子となるテーマが被ってるのも見劣りする要因)。この構成は制作費に製作時間にキャラクター性と、諸々の事情があってこのような形を取ったというのはわかるのだけど、あまり上手い方法だったとはお世辞にも言えないなァ。ある種、極端なヒドい言い方をすれば、律穂√が終わってしまえば消化試合であり、残りのヒロイン√は要らないと言える。個人的にこの構成で嫌だったのは、この作品が" 青春恋愛ロックンロールADV "を掲げているのに、作り込み方がロックじゃないよなァ……と冷めてしまったところ。物語はロックなのに物語外でロックじゃないッ!!って感じてしまったジレンマがなんとも言えない座りの悪さを感じてしまった。自分の場合は、かなで→律穂→弥生→りむと攻略したわけで、前述に書いたとおりまさしく消化試合だったわけですが、ある種、律穂√をテンション下げずにプレイできたという意味では、良かったのかもしれません。

 以下キャラ別感想(ネタバレあり)を追記にて。


  
 前述で消化試合と書いたものの、個人的には弥生√の話なんかは好きだったりはする。将来への漠然とした不安、周りに才人が多いので余計に焦燥感に駆られてしまう。自分はなにがしたいのか? なにができるのか? この作品の場合は、信じて疑わないというか、迷うけども芯として確固たる我をもっている人が多いので、弥生のように軸の定まっていない人間というのはむしろ貴重。作中でやたらみんなに弥生は普通と言われる、ある種"異端の中の普通は異端"であり、もちろんキャラクター的に負わされてる役目として、この作品を嘘っぽくしないための普通キャラって側面はあると思うけども、この弥生が抱えている焦燥は親近感が抱ける(まあ、そんな気持ちを感じたのは遠い昔の話だけどなァ……遠い目)。思い悩み、押し潰されそうになっても、アクションを起こさなければ、ただモラトリアムは無為に消費されるだけ。まだまだ不透明な未来だけども、どのように自分の未来と付き合っていけばよいのかという視座をDEARDROPSと大好きなギターを通して漠然ながらも得られたことは弥生にとって僥倖。どうすればいいのかわからないと言うことは、それだけ無限大の未来があるということ。「幸せを掴め、夢を語れ! 未来への切符はいつも白紙なんだ」ってヴァッシュ・ザ・スタンピードも言ってた。むしろ悩み迷うなんて若者の特権だよ。ガンバレ! Guitar Princess


 りむ√はねぇ、うーん……と唸らざる得ない物語だなァ。この作品の中で異端というかテーマから最も遠いところにあるって印象。飄々としていてよく言えば天真爛漫、悪く言えばムラっ毛ありありの天才肌を絵に描いたようなりむのキャラクター性は物語を膨らますにあたっては、難しい人間性ではあると思う。この作品全体を通していえば、このキャラクター性は確かに得難く必須に思えるのだけど、りむ自体の物語である個別√となると、そのキャラクター性が逆に足枷になっちゃったってイメージを受けますね。両親の離婚により、大好きだった父親に捨てられた傷からのファーザーコンプレックスとエディプスコンプレックスが混じり合ったような愛憎・憧れ・失望みたいなものの受け皿が主人公・翔一だったわけで、泣きじゃくる子供をあやす物語でしかないのが、この√の作品テーマからの乖離感に拍車をかけていると思う。解決策の結婚式の真似事もなんだかなァって印象を受けてしまった。絶対にりむの前から居なくならい約束としての結婚式だけども、りむ自身が言うように結婚して夫婦だったのに父親は母親とりむを捨てて居なくなってしまった。この傷を癒すために絶対に離れない決意としての結婚は約束としては弱いかなァと思う。せめてもう一押しなにかあれば印象は違ったのだろうけど。結局は納得をりむの人間性に賭けるしかない方策ってのは片手落ちだなァ。もう少しなんとかならなかったものかと思う。


 かなで√は総合的に見ると良い物語だと思うのだけど、ちとドラマティックすぎるわな。おまいはアイドル伝説えり子かよッ!!ってプレイ中に5度ほどつっこみ入れたw かなで自身のキャラがちょいとお上品すぎていい子ちゃんなのも割りを食った印象はある。物語自体はわかりやすいぐらいわかりやすい夢の話でストレートな物語。母親の夢を引き継いで、それを叶えることを自分の夢とし、そしてまた別の誰かの夢へとなってく夢の伝搬の物語。文字通りのスターのお話といえる。それをサクセスシンデレラストーリー仕立てで一気にやっちゃった印象があるので、どうもドラマティックすぎる印象を受けちゃった。もちろん紆余曲折あるのだけど、一難去ったらまた一難みたいな展開を短期間で繰り返すから、良く言えば劇的なんだけど、悪く言えば嘘っぽいみたいな説得力のなさを感じてしまったなァ(この辺は受け手の好みにもよるけど)。つか、どんだけスターダム駆け上がるねんッ!って感じでw この物語にドイツで犯した翔一の罪への贖罪を絡めて、それらの罪を許す。許す人がいてもいいと答えを出す、かなでの考えは甘っちょろい理想論ではあるけども、この作品でやっておかなければならない禊ぎだったとは思う。かなで√で許されるから、律穂√での翔一の罪への告白と、それを許す人達への説得力とカタルシスになってるのは巧いと思いましたね。そういった意味ではかなで√も、物語の補完的な意味合いは強いと思います。もちろん、かなで√自体も夢や幸福の伝搬って独自のテーマはありますけどね。


 律穂√は律穂√と言うよりはDEARDROPSそのものと言って過言じゃないでしょうね。現実として伏線のほとんど全てが、この√に集約してる。世界に通用するバイオリンのプレイヤーだった翔一が堕ちた理由もその贖罪も、権田の過去も、律穂の夢も、全て全てこのシナリオ一点に集約する。なによりも、このシナリオのDEARDROPSのメンバーは本当に生き生きとしている。性格も個性もバラバラの一見ミスマッチのように思えるメンバー達が、まるで元からそうであったようかに一つになる。まさにDEARDROPS(親愛なる雫達)の言葉通り、雫が集まり大海への流れとなり、恐ろしいほどの熱量を生み出す。こういった流れを目の当たりにした人間達はそれを物語として語り継ぎ、伝説へと昇華するんでしょうね。DEARDROPSってバンドにはそういった機運があり、そういった流れを作り出せる力に満ちていた。本人達も、彼らを構成する世界も。

 ヒロインの律穂の話をすると、実になんだか隙のないヒロインで言及には困るところはあるw 作中前半時の彼女の心情を顕すならば、自分の大好きな漫画、G戦場ヘブンズドア(日本橋 ヨヲコ (著) )に最適な台詞があるので抜粋すると。

かわいそうになあ。気づいちゃったんだよなあ、
誰も生き急げなんて言ってくれないことに。
なあ。
見ろよこの青い空白い雲。そして楽しい学校生活。
どれもこれも君の野望をゆっくりと爽やかに打ち砕いてくれることだろう。
君にこれから必要なのは絶望と焦燥感。
何も知らずに生きていけたらこんなに楽なことはないのに、
それでも来るか、
君はこっちに。

 G戦場ヘブンズドア 1巻より抜粋


 ここまでソリッドな心情ではないだろうけど、本質的なところとしては、こんな感じでしょうね。きっかけは何だっていいんだけど、彼女は気づいてしまった。自分が歌うために生まれてきた生き物であることを。そして性根が真っ直ぐすぎる彼女は、一直線でその世界に飛び込む。彼女の考え方自体は未熟なところも多々あるのだけど、一貫として軸のブレない生き方であり、それが律穂という少女なのだと言われたらそれまでの話。未熟なところも合わせてヒロインとしては完成されすぎてる気もするけど、このロックを体現してる生き様が彼女の魅力とも言える。

 この最高な仲間達に囲まれて、時には衝突して傷つけ合うことがあっても、お互いを高めあったメンバー達が手にしたものがなんだったのか? と言われると、夢とかでもいいんですけど、やっぱり原点と呼べるべき場所なのでしょうね。DEARDROPSのラストライヴでの翔一の独白がそれを如実に顕している。

生きているものは動き続ける。
流れない水は腐る。
止まってしまっては、俺たちも生きられない。
だからみんな、次の場所へと旅立っていく。
けれど、例えどこへ行こうとも、ここでのことを、俺たちは決して忘れないだろう。
この夏のこのかけがえのない1日のことを、俺たちは決して忘れない。
そして、そんな幸せな思い出は、俺たちにまた夢を見せてくれる。
いつか巡り会うために、その日のために、俺たちは夢を抱いて歩いていくのだ。


 この真夏の夜の夢のようなライヴがその体現。でもこの夢のような時間は目が覚めれば消えてしまう儚い夢ではない。誰もの胸に息づき、そしてまた新しい夢を、もっと大きな夢を抱かせてくれる夢。その新しい夢に向かって歩みを始めるための幸せな夢。鳥が鳥であるためには枝を蹴って羽ばたかなければならないように、その蹴るべき足場を鳥たちが得るための物語。

  感慨極まった律穂が一筋の涙を流しながら笑顔で「みんな、大好きッ!!!」と叫ぶシーンは実に美しい。律穂の笑顔としても、作中シーンともして一番好き。プラスの感情を突き詰めていけば、最終的に全ては感謝という概念に突き当たると思う。仲間に、親に、友人に、全ての人々に、音楽に、彼らを取り巻く彼らを構成する全てのセカイに感謝を抱く。

 この時の彼らの心情を顕すのに、これまた最適な言葉がG戦場ヘブンズドアにあるので抜粋すると。

ああ、
なんだろう、この気持ちは。
体は熱いのに、心はとても穏やかだ。
そうか、
もうオレ達はゆるがないんだ。
誰に何を言われても
ゆるがないものを見つけたんだ。
今まで生きてきた
すべての意味を
使うことができるんだ。
オレ達はもう、多分、一生退屈しないに違いない。
オレは、期待する。
オレ達のこれからのすべてに、
期待するよ。

 G戦場ヘブンズドア 3巻より抜粋


 彼らはきっとゆるがない。もちろんこれから先も色々な困難に直面して、壁にぶつかることもあるだろう。でも、ゆるぎはしない。ゆるがないものを見つけてしまったから、これまでの人生で生きてきた意味を全て糧として使うことができるものを見つけてしまったから。だから翔一は一度は諦めたバイオリンへの道を再び目指し、メンバーの誰もがそれを反対はしない。それが例えDEARDROPSの解散を意味していても、笑顔で送り出す。なぜなら彼らは知ってしまったから、例え離ればなれになっても、自分たちはDEARDROPSであり同じ空の元、繋がっていることを感じることができるから。DEARDROPSとはやっぱり彼らにとっての家であり、これからの人生の原点と呼べるものなのでしょうね。枝を蹴った鳥は大空を羽ばたき、やがて再びその枝へと帰ってくる。それは羽根休めではなく再び枝を蹴って、前よりも高く遠くへと羽ばたくために。きっとDEARDROPSも、再び邂逅するとき、もっと大きな舞台へと物語を移すのでしょう。それはきっと果たされるべき約束であり、絶対に実現する未来。その未来を掴むために旅立たなければならないだけの物語。彼らがなによりDEARDROPSであるために必要な通過儀礼。

 やたら別作品の台詞から引用しまくったので、ついでと言っちゃなんだけど、最後にTV版 天地無用!のこの台詞で閉めたいと思います。

お祭ってのはな、ちょいと待ってりゃ、また必ずやってくるんだぜ!

 天地無用! 第二十六話 結論無用!より抜粋


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[ 2010/06/24 02:58 ] ゲーム | TB(0) | CM(0)
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