もっ~と!大人のジャーマン

吹き矢3級の戯言雑記 (リンクは御自由にどうぞ)

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何か足りない心で 怒りをまといこんで行こう少女の形をして 終わらない始まりへ 本当の終わりへ

 
 数年ぶりに感想とか書くの巻(挨拶)


・【感想】【映画】劇場版 魔法少女まどかマギカ[新編]叛逆の物語
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 2回観てきたので感想と言うよりも思いついたことをつらつらと。
ひと言で語るならば愛のお話。虚淵作品は基本的に愛の物語(白貌の伝道師を除く)なのですが、虚淵作品の中でも純愛と呼ばれる作品の極北は『沙耶の唄』であろう。削ぎ落としていけば、繁殖という生物の至上命令が、恋という概念を知ってしまったせいで、恋をして愛を得るまで繁殖することができなかった少女と、その相手となる青年の物語である。

 では、ほむらとまどか、女の子同士のまどかマギカの場合はどうであったかと言えば、やはり愛の物語であったと言うしかないが、ただし沙耶の唄が正面から向き合った愛の物語であるとすれば、叛逆の物語は、すれ違った愛の物語であろうか。(以下ネタバレのため追記)


 
 観た前提で書いてるので、観てない人は全力でお戻りください。



Amantes, amentes.(アマンテース・アーメンテース)愛する者は正気なし。

 まどかマギカ本編のラストで、全ての魔法少女を救うため神となり、新たな宇宙のルール『円環の理』をつくりあげ、世界から消えてしまったまどか。

 まどか一人を救うため、まどかから神の力の一部を奪い悪魔となって、『円環の理』を改竄したほむら。

 まどかの決意は、全ての魔法少女の絶望を消し去り希望を与えたが、ただ一人、まどかを救うことだけを願った、ほむらを置き去りにした。

 一方、ほむらのとった行為は、己を捨ててまで行ったまどかの決意を、まどかのためだけに凌辱する。まどか一人を救うために・・・

 そして双方が双方ともに自分勝手に相手を思いやり、結果、見事にすれ違っている。ぶっちゃけると、まどかは博愛すぎて、ほむらは執着しすぎなのだ。


 なにはともあれ、人外のものとなった二人ではあるが、基本としてこの二人はまだ中学生の少女なのだ。

 ほむらの場合は時間遡航能力で何度もループはしているが、まどかと出逢うまでは病弱でベッドの上で毎日を過ごし、はじめて出来た友人のまどかと悲劇的な別離を経験して魔法少女となり、以後、彼女の人生はまどかを救うことだけに費やされる。ほむらにとっての世界とは、まどかそのものと言える。

 まどかの場合は神となったものの、覚醒前の彼女自身は家族と友人に愛されて育った、ごく普通の少女である。

 この物語の悲劇と言うよりは、ややこしいところは、まどかとほむらの二人の状況が特殊すぎて、きっとこの二人は喧嘩すらしたことがないことであろう。TV版や前劇場版でほむらが一方的にまどかを糾弾することはあったけども、お互いがイーブンな状況で喧嘩したことはないのであろう。そも、お互いが自分を蔑ろにして、一方的に相手を愛し思いやるのは歪なのだ。

 もし、この叛逆の物語に続編があるとするならば、神と悪魔の対決といった超越概念を飛び越えて、ただの友達同士がお互いの本当の胸中をさらけだす喧嘩をみたいと思う。すれ違った愛情が真っ正面から向き合った時に、このクソったれた因果を打破できるように思えるし、そういった未来を幻視したい。そんな風に考えられる隙間をくれた、文字通り一度閉じてしまった円環の一部を崩してくれたと言う意味では、続編があろうがなかろうが、この作品は素晴らしいものなのだと思う(続編がなかったら、このまま石川賢的KENDとして受け入れるw)。


 以下、なんとなく自分が思った世界の考察。

 この物語をゲスく簡単に言うと、"まどかがレイプした宇宙をほむらがNTRった"っとなるわけだが、一体いつからほむらは計画していたのであろうか?

 個人的には最初からなんじゃないかと思う。まどかが神になった後の世界で、魔獣と戦い続けてる間も、まどかを救う方法を、ほむらは考え続けていたのだと思う(神の力を奪う手際があまりにもよどみなく鮮やかだったし)。決定的な契機になったのは、円環の理の干渉を遮断する干渉遮断装置を、QBさんがほむらのソウルジェムに仕掛けたために、ほむらを迎えにきた、まど神様が素のまどかであり、そのまどかから真の弱音である、神様みたいな永遠の存在者として一人ぼっちになるなんて怖くて耐えられないって言葉を引き出したことであろうか。この本音を引き出したことにより、ほむらの人生は一変するといっていい。いやさ、ほむらがまどかの人としての生を守る概念に成り果ててしまったと言える。

 とは言え、まどか好き好きな、ほむらちゃんなので、まどかが神になってまで成したことを一顧だにせずにいれるほど冷徹ではなく、この時点で賭けみたいなものがあったのでしょう。観測できない円環の理の源である、まど神様が干渉遮断装置を破壊して、ほむらを迎えにきた瞬間に、観測できない存在を観測。観測できればいずれは解析してまど神様の力を手にすることが出来るかもしれないが、QBさんの究極的な目的であったわけで、ほむらはそれを阻止するために、自分が魔女化して消え去ってしまうのが、まどかを護る一番の方法であるかのように、消滅を止めようとするピュエラ・マギ・ホーリー・クインテット+1(マミさんと愉快な仲間達)に抵抗するわけですが、実際はQBうんたら関係なくて、もし自分の魔女化消滅を阻止されたならば、まどかから神の力を簒奪して悪魔となってでも、まどかの人生を守ろうといった思いがあったのではと思います。事実QBの件については悪魔となったほむらが首根っこ捕まえて、従属させてしまったわけですし。

 かくして、ほむらは賭けに勝ったのか負けたのか判りませんが、まど神から力を簒奪して悪魔となり、まど神からまどかを切り離すことに成功する。

 ここでよく判らないのが、悪魔ほむらの上書きした法則が、まどかの記憶と力を封印したまま人間として人生を歩ませるものだとは理解できるのですが、円環システムにどのようなデメリットがあるのか判らないところ。

 尾を噛む蛇の頭をふん捕まえて引き離し、自分が尾と頭の間に入って辛うじて円環をつなぎ止めてるのが、いまの状況なのですかね? 真円だった月が半月となり半分に引き裂かれた大地が、その象徴なのだろうけど、いまいちデメリットが見えない。

 QBの存在すら消せたはずなのに、消さずに魔獣退治に使役させてるのは、魔法少女システムを存続させるためもあるんだろうけど、完全まど神様ほどの力を持ってない、悪魔ほむら自体が世界を維持するためにエネルギーを蓄える必要でもあるんですかね?悪魔ほむらが世界を維持するほどに、宇宙が熱的死に向かっていくとか?そこら辺色々考え始めると眠れない(QBの場合は、おまいら散々と魔法少女を食い物してきたんだから、今度はおまいらが搾取される番だぜって意趣返しに見えなくもないが)。

 一方見方を変えれば、半円(叛円?)が強調される悪魔ほむらの世界の中で、唯一真円を描いている、変質したほむらのグリーフシードことダークオーブ。この劇場版のように、ほむらのダークシード内に作られた世界があの世界なのでしょうか?(空想は尽きない)。

 最後のほむらさん墜落シーンは、個人的に演出だと思います。
TV版ラストでビルから飛び降りるほむらと、新劇版で頭から落下するほむらを対比させることにより、ほむらの堕天を強調したかったのではと。もちろん、続編が発表されてない、極めて霧のような箱の中の猫である現在では、あれはまどかに受け入れられなかったからの自殺とか、役目を終えたから自らを終わらせたとかでもいいと思いますけどね。

 まあ、それにしても、ほむらさんの業の深さである。悪魔となり宇宙を改変し、まどかの記憶を封じてまで、まどかに人としての生を歩ませる。その為の障害となるならば、まどかとすら戦うと宣言する概念存在。彼女の歩んできた道を考えるならば、手段が目的となってしまった彼女を嘲笑うことはできない。なによりも唯一願いが叶ってなかった、ほむらがやっと掴んだ最適じゃないけども、最善(最悪?)の一手。ここから空想する世界は、ほんとうに可能性に溢れていて面白い。良くも悪くも閉ざされた円環は自己完結しすぎていて可能性という概念がないように感じますし。

 PS.ラストのQBさんは、覚えてろよほむらめッ!とも、虫の息でどうしてこうなっただろう?もう勘弁してください。とも見えるところが、面白くもあり、イラっともする。今までで一番QBの感情がないって設定が活かされた名シーンではなかろうか?

 QB自体は本編で、まど神や悪魔ほむを生み出す可能性のある魔法少女システムは、制御できないから関わるべきではなかったと、急にエコロジストに宗旨替えしたみたいな全敗宣言してて大笑いしましたが。

 ほむらが円環の理のことを"まどか"と呼ぶことで、はじめて円環がまどかにかかってることに気づいた察しの悪いボクですが、(美)しき(暁)の子ルシフェルが暁美ほむらにかかってるのではと思うのは、考えすぎなのだと思いたい。

 まどかとほむらの関係が、デビルマンの飛鳥了と不動明の関係に似ているといった意見を見かけますけども、自分的にはバイオレンスジャック最終章の飛鳥了と不動明の関係の方が近い気がします(デビルマンのアーマゲドン後に飛鳥了以外誰も居なくなった地球に飛来した神が、地球を創世直後状態に戻し、その光景をみた飛鳥了ことサタンが、創造の力でもう一度人類文明を創るものの、アーマゲドンの地獄絵図イメージが強すぎて、関東だけ地獄のような荒廃した世界へと再生する。不動明ことデビルマンを自分と匹敵する力を持つ存在として復活させ、自らの記憶と力封じ、なんの力も持たない人間として、贖罪とも言える過酷な環境に身をおく(最愛の人である不動明の心奪った憎き牧村美樹を復活させ、自身はその恋人となり、なおかつ関東の暴君スラムキングの怒りを買ったが故に、四肢を切断された上に舌を抜かれ人犬のとして畜生道を生きる)。一方、復活したデビルマンこと不動明は、三人のバイオレンスジャックとして関東で生きる人を見守る。万が一、再び飛鳥了が大魔神サタンとして覚醒した際の抑止力として。そして悲しくも悪神として覚醒してしまったサタンは、再び最愛の人である不動明ことデビルマンと戦うことになるも、デビルマンはサタンを許し抱きしめ、二人は二つ目の太陽となり、人々を見守る)。

 うん、あんま似てねぇーやw

 どーでもいいことだけど、魔法少女5人組が『ピュエラ・マギ・ホーリー・クインテット』って名乗ったところが、一番心を強くもってないと見てられなかった。あのネーミング考えたのきっとマミさんだぜ・・・部活みたくキメポーズとか練習させられてるぜ、他の4人。中二かよ!マミさんw

 まあ、四の五の言わず、こんなところでネタバレみてないで、観てなくてまどマギ好きな人は、今すぐ映画館へGOしてくださいな。キレイなさやかちゃんや、慢心しないマミさんが観れるだけで幸せだからさ(そして、いつもどおり安定の杏子ちゃん)。
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[ 2013/10/29 10:07 ] アニメ | TB(0) | CM(0)
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